マスクと言えば思い出す、エルバスの時代のランバン。



2020年12月9日
長田広美


〜おもてなしか?忖度か?

世界中でマスクというものが市民権を得ましたね。市民権どころか必需品になりました。

もともと日本ではマスクは日常的なアイテムでしたが、欧米人にとっては馴染みの薄い物だったようです。今年の初めのコロナの流行り始めの頃、イギリスに住んでいる日本人の友人は、会社の会議でマスクの着用方法をレクチャーさせられた、と言っていました。
それほどヨーロッパの皆さんはマスクとは無縁だったのですよね。

日本人には、元々日常的に、風邪でもないのに顔を隠すためにマスクをする人が多かったですよね。すっぴん隠しとか。
学生さんなどは特にこの傾向が多いかなと思います。

そんなマスクにまつわるエピソードを思い出しました。

2003年、おとなり中国で、SARSが流行っていた年でしたが、
日本にLANVINのコレクションがやってくることになりました。
木場にある東京都現代美術館の、長ーい廊下を使ってのショーでした。

その時のLANVINのクリエイティブディレクターは、アルベール・エルバス氏。

エルバス氏も、シャネルのカールラガーフェルドやGUCCIのトム・フォード同様、長い歴史のある老舗ブランドを現代の「売れる」人気ブランドに再構築した立役者の1人です。ご本人はちょっとチャビーでキュートな見た目の男性です。(失礼だったらごめんなさい)

ショーが決まって、私もショースタイリストとしてお手伝いすることが決まって、コレクションがまもなく届く、というタイミングで主催者から全スタッフにお触れがありました。

「マスク禁止!」

普段からマスクなどしない私はあまり意に介さなかったのですが、一応、私のスタッフや当日お手伝いの学生さんまで必ず徹底するように、とのことでしたので皆さんにその連絡をしました。

その理由が、「エルバス氏がSARSをとても怖がっている。マスクをしている人を見るとナーバスになるかもしれないのでマスクは着用しないでください」というものでした。

これ、日本人特有のアレですよね。
そう、忖度! 
’気遣い’とも言い換えられますね。

はぁ?と思いつつも、まあ大したことではないので、スタッフに伝えて、良しとしていました。

そして準備が始まり、届いたコレクションを丁寧にオープンして、リストとチェックして、ショーのオーディションやフィッティングなどの作業に備えます。

整った頃に、アルベール・エルバス氏がやってきました。

毎回、デザイナーさんに初対面でお会いするときはドキドキして背筋が伸びます。
予想通り、エルバス氏はとてもフレンドリーで素敵な方でした。そしてヨーロッパのクリエイターの皆さんのご多分にもれず、日本への興味をとても強くお持ちの方でした。

楽しく仕事できそう、良かった!と思っていたところ、聞かれました。
「マスクしてないの?」

一瞬、事前のお触れのこともあるので質問の意図をはかりかね、黙ってしまったのですが、ご本人はいたってフランクに、「日本人はみんなマスクしてるんだと思ってたよー。してないんだね、ははは〜!」と。

ひざカックンとはこのことでした。

まあ、おそらく主催者の方との事前の打ち合わせの中でもこんな風な会話があったのかもしれません。そして、それをどういうわけだか、エルバス氏はマスクに対してナーバスになるかも、と気遣いされた方がいて、そしてくだんの禁止令という流れになったのでしょう。

わかるんですけどねぇ。なんだか笑っちゃう。

ここには、来日するVIPに対してできるだけ気持ちよく仕事をしてもらいたいという、これも日本人のおもてなしの心の表れですよね。
でも、マスク、、、って思うとどうしてもプッと吹き出してしまうのは私だけでしょうか?

それが今や世界中でつけない人はいないアイテムになってしまったのですから、本当に一寸先は何が起こるかわかりませんね。

 

垣間見れたアトリエとの信頼関係

コレクションは、超絶ドレープを駆使したパターンの技が見事なドレスたちで、それに見とれる私に、エルバス氏は、自分のデザインはさておき、「ランバンアトリエの技、芸術的ですごいだろ?」と、自慢気におっしゃっていました。

クリエイティブディレクターのエルバス氏の、アトリエの作り手の皆さんへのリスペクトと、互いの信頼関係がひしひしと感じられました。

なるほどそれから数年後にエルバス氏がランバンを離れる時に、社員の皆さんからエルバス氏をやめさせないでと運動が沸き起こったというニュースを見た時、東京の、美術館のバックヤードで交わしたあの会話がしみじみと思い出されました。

エルバス氏時代のランバンの服は、服それ自体が過度に主張することなく、でも着る女性の存在感を際立たせ、動きをエレガントに見せてしまう、着る人に寄り添う「美」の表現だったなと思います。

アトリエとクリエイティブディレクターの間にあのような信頼や愛がある関係から生まれてくる「美」の世界。今やもう新しいコレクションを見ることはないアルベール・エルバス氏のランバンに想いを馳せていたら、ビンテージショップにでも行って当時のドレスを探したくなりました。

 

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長田広美

コレクションやファッションショーを中心としたスタイリストとして活躍。 独立後30年間で関わったブランドはDior、CHANEL、VALENTINO、BVLGARI、Cartier、Van Cleef & Arpalsなど多数。 またアメリカに本部がある国際イメージコンサルタントの資格も持ち、エグゼクティブ個人のイメージサポートも行っている。 ほかにもファッションブランドのイメージビジュアル作成やルックブック撮影、広告ビジュアルのスタイリングなども行う。 そんな彼女が近頃注目しているのは「サスティナブルなファッション」というテーマ。 地球環境や人権に配慮した、新たなプロジェクトを始動中。



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