暁の寺
雨宮睦美

第三部『暁の寺』ではなぜか、彼はタイのお姫様に転生しています。そんな馬鹿な、と思うんだけど、男性を愛したこの作家は、いずれ多様性の世の中がやってくることも予感していたのでしょうか。
で、暁の寺です。ワット・アルン。バンコクには何度も訪れていたのに行ったことがありませんでした。あれは何年前だったのかな、それぞれに仕事や遊び、駐在などでバンコクにいた仲間と合流して食事をしたとき、「絶対見るべきだ、行ってこいよ」と同級生が地図を貸してくれ、翌日ひとりで挑戦してみることに。

なんか船に乗るんですよね、ほんとにここであってる?何度も地図や船を確認し、向かいに見えてるあれだよね、次で降りればいいんだな、っと思っていたのに、あれ?あれあれ?ワット・アルンを通りすぎていくんですけど?どこ行くんですかーもしもしー?アナウンスもなにもないしわけがわからないので、とりあえず次の船着き場で降りて、うろうろ歩き回って、暑くてフラフラしながら、さて私はあの日どうやってバンコク市内まで戻ったんだっけ。トゥクトゥクをつかまえたんだったかな。
異国で遭難しないでよかった。どうやら当時寺院は改修工事の真っ只中だったようですが、それで船が迂回したのかどうかまでは定かではありません。地図を貸してくれた友達に「たどり着けなかった」と報告したら仰天してました。
さて『豊饒の海』に話を戻すと、四部作を通じて転生を繰り返すため、常に若い美青年(時に美少女)であり続ける主人公に対して、友人の本多は着実に年を取っていきます。若く美しく散るのと、老醜を晒して永らえるのと、人生はどちらが幸福なのか、という対比は、おそらく作家自身の葛藤を投影したものでしょう。この作品を書き終えてまもなく、三島由紀夫は市ヶ谷で自死します。