ラフマニノフの夜
雨宮睦美
5月に続いて6月も、東京フィルの定期コンサートはラフマニノフ特集。
先月はプレトニョフさんが渋い曲の数々を披露してくれましたが、今月は尾高忠明氏の指揮でメインが交響曲第一番。そしてピアノ協奏曲第二番を、今をときめく亀井聖矢くんのピアノで聴くことができました。
今のご時世、アスリートもアーティストもその専門性だけではなく、メディア映えがいかによいか、が重視され、男性も女性もルックスやファッションセンスなどが問われて大変そうです。クラシックに無縁だった人たちを引き寄せたフジコさんとか辻井くんの存在はもちろん大きいですが、ショパンコンクール2022で日本人出場者たちが大活躍したあたりから、ピアノにあんまり興味がない人たちまでもが、どっとコンサートに押し寄せるようになった気がします。それはクラシックの発展のために喜ばしいことなのか、逆に嘆かわしいことなのかどうなんだろう。もうなんというか、オリンピックでもWBCでもショパンコンクールでも同じ現象なんじゃないかなと思ったりね。要は、参加できる祭りがたくさんあると楽しいじゃん、みたいな空気。
聖矢くんについても、あちこちでじわじわと人気が広がっている、可愛いルックスの若者だという認識しかなかったので、正直、新しいアイドルのひとりなのかな、くらいに思っていたのです。昨年のロン=ティボー国際音楽コンクールで第一位に輝いたということは知っていましたが。
もう、本当にごめんなさい。私が間違っていました。
最初の1音からものすごい吸引力で、釘付けです。
勝手に華奢で繊細なピアノを想像していましたが、実に力強くて骨太な演奏でした。最近流行の植物ベースではない、しっかり肉を食べている体で、楽器を弾くイメージ。まだ21歳!これからの活躍が楽しみです!
休憩後はラフマニノフの交響曲第一番。満を持して臨んだ初演が歴史的な大失敗に終わって、長いこと封印されていたそうです。確かに二番の定番人気に対して、一番は私も聴いたことがなかったな。でも振り幅が大きくてとても楽しめる曲でした。
慢性的な睡眠不足でいつ気を失ってもおかしくないような状態の私が、しょっぱなの「オーケストラのためのイマージュ」(指揮者尾高氏の実兄による小品)も含めて、ラストまで全く睡魔に負けなかったほど、大満足な演奏会だったと思います。一緒に行ったAちゃんも大喜びしてくれました。
残念だったのは、曲の余韻に浸って感激の拍手をしている我々の横を、びゅんびゅん帰っていく観客の多すぎたこと。もちろんね、おうちが遠いとか混む前に出たいとか、いろいろ事情もあるのでしょうが、何もそんなに堂々と席を立たなくてもいいではないかと思うんです。
あと、興奮さめやらぬ帰り際、「うるさいばっかりで、きれいな箇所がひとつもなかったわね!ラフマニノフってこんな曲ばっかりなの?」って大声で怒ってたお姉さん。連れの男性が一生懸命、「いや、二番は名曲中の名曲でね、一番が演奏されることはめったにないんだけど…」「確かにあれは失敗作よ!」…んー。帰宅後か、どっか店に入ってから、そしてもう少し小声で話してもらえないかしらね。好き嫌いや感じ方は人それぞれだから、何を思うのも自由だけど。