英国の熊とフリージアの香り
雨宮睦美
森のくまさん
春は小熊の季節。それを一番印象付けたのが『森のくまさん』という歌です。少女がある日森で熊と遭遇し、熊が「逃げなさい」と言うから走って逃げたのに、後から追いかけてくる。熊は少女の落としたイヤリングを届けてくれたのである。「熊さんありがとう、お礼に踊りましょう」で大団円。子供心になんか変な歌だなと思っていましたが、大人になっても違和感は拭えず。ここには情景だけがあって、感情描写が一切ないからなのかもしれません。恐怖とか驚きとか、戸惑いとか。ある意味サイコパス。春になると変な人がわさわさ眠りから覚めて出てくる、というイメージと相俟って、結構怖い歌なんです。
ノルウェイの森
春の熊といえばもうひとつ、『ノルウェイの森』です。「春の熊くらい好きだよ」ってやつ。主人公がミドリに語りかける場面。「春の野原を君が一人で歩いているとね、向うからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」これではあなたが私を好きだという説明になっていないんだけど、『森の熊さん』に匹敵する訳のわからなさが春っぽいので、いいことにします。
英国の熊の香り
そして私の「春といえば熊」のイメージを決定づけてしまったのが、友人Mちゃんの言葉でした。何年前だったかなあ、Jo Maloneのフレグランスの話になって、私は当時お気に入りだったコロンのボトルを見せたんだと思う。すると彼女が「あー、これいい匂いだよねー、私も持ってる。イングリッシュ・ベア&フリージアコロン!」え、ベア?bear?熊?ペアだよ!pear!え?え?え?モー、英国の熊のコロンて何なん!‥
それ以来、いい香りのパディントンが追いかけてきて森でダンスした後、一緒にころころと丘の斜面を転がるのが、春の日の素敵なデートプランになりました(嘘)。