白いマスクの女
雨宮睦美
今日からマスクしなくていいんですよね。着脱はずっと自己判断だったはずなのに、現実はあちこちにマスク警察がいたから、面倒でずーっとマスク生活でした。若い子には「顔を晒したくない」から外せない人も多いとか。まあ化粧しないでラクだった、とか、寒いときには暖かかった、とかよい点もあったけどね。歩きながら小声でひとりごとを呟いてしまうのにも便利だったので、これからは気をつけなさいよ、と自分で自分に注意喚起です。
さて、マスクの思い出といえば、コロナとは関係のない10年以上も前の出来事。
その日、年が明けて間もない冬の朝。私は二度目のシチリアへと、成田から旅立ちました。期待に満ちてはいたものの、このとき既に喉にかすかな違和感があったのです。念のため空港の薬局でマスクと風邪薬を購入。でも気のせいだと自分に言い聞かせて、まずはローマへ。
先に到着していた友人とそのお母様と合流し、市内を観光してからシチリアへ向かうのでした。ところがローマでは豪雨に見舞われ、屋根のない2階建てバスでずぶ濡れになって、この頃には喉の痛みが本格化、咳も出始めていました。パブロンのんでも効果なし。
シチリアではレンタカーを借りて島を回ります。運転もできてイタリア語も話せる友人におんぶに抱っこの私。さらに風邪は悪化の一途で、お荷物であることこのうえない。一言しゃべるだけで咳が止まらなくなり、楽しみにしていた郷土料理もほぼ受け付けなくて何も食べられず。現地で迎えた誕生日も、気持ち悪くてごはん抜き。
最悪の体調でしたが、寝込むほどではないんだよねえ。せっせと遺跡などめぐってこんな写真も撮ってもらったし。この時はノーマスクですね。元気そうだな。
シチリアで行きたかった場所は、計画どおり全て見て回ってきました。ある街で現地の子供に「見て!マスク女がいるわ!」(実際はマスキーナという単語だけ聞き取れた)と指をさされたのが印象的。一緒にいたママは「こらやめなさい」と注意した風でしたが、相手に失礼だというよりは、マスク女が何するかわからないから、刺激してはいけない、という意味だった気がします。10数年後、世界がパンデミックに翻弄されるとは、誰も夢にも思わなかった頃の話です。
後から思い返すと、お正月に会った弟一家が、年末インフルエンザで家族全滅、と言っていたので、それを私が旅行に持って出てしまったのだと思われます。予定を変更せずにすんだことと、友人とお母様に風邪を移さなかったことだけが救いです。