甲斐荘楠音の全貌



2023.07.28
雨宮睦美


この人知らなかった。まず名前が読めない。かいのしょう・ただおと だそうです。

里和さんが招待チケットを持っていて、一緒に行きましょうと言っていたのですが、彼女が時間切れになってしまって、せっかくだから、と1枚くれたのでひとりで見てきました。東京駅のステーションギャラリーです。

 

大正時代に日本画家として活躍し、その後映画界に転じて衣裳デザインを手掛けたという経歴だけでもすごいですが、彼自身女形や太夫にあこがれて、女装した姿もしっかり写真に残しています。現代にいてもきっと違和感がないというか、彼がもしインターネットやデジタルの技術を手にしていたら、さらにいろんな芸術に挑戦しただろうなということが想像できます。

 

ダヴィンチやミケランジェロに影響を受けたという彼の描く人物像は、日本画なのに立体的というか、肌の柔らかさや筋肉のたくましさ、体温みたいなものを再現しています。「裸」を「肌香」と表現するのを好んだというあたりも、独特のセンスだなと思ったし、最終的な作品だけでなく、スケッチや習作、ちょっとしたメモ書きもすごく洗練されていて驚きました。描く線がアニメの原画のように見えるものもあります。

 

そして、圧巻だったのがスクラップブックの展示。新聞や雑誌から気になった写真や記事をどんどん切り抜いて保存してあるのですが、なんだろう、ひとりインスタグラムみたいで面白いです。若き日の三島由紀夫が、美輪明宏と立ち話しているようなモノクロ写真もありました。

美少年が好きだったのか。でも自分は化粧して女の姿でいたかったのか。それはそれでまた妙に現代の色んな事件とも重なって生々しいですね。

 

映画の衣裳は、「旗本退屈男」シリーズなどが多くて、当時のポスター(すでにカラー)と共に展示されています。へえこの人が市川右太衛門なんだ、スタアなんだ、あ、右太衛門は北大路欣也のお父さんだったのね。

その欣也青年がまだ20代前半の時に演じた「徳川家康」の衣裳もありました。

 

ギャラリーを出る頃には、時代感覚がなんだかよくわからなくなっていましたが、映画に主軸を移してからも楠音は絵を描き続けていて、「畜生塚」という未完の大作が最後にドーンと展示されています。これもすごいです。

 

この展覧会のポスターなど、メインビジュアルに使われているのは「春 Primavera」という作品で、それまでの陰鬱な作風と訣別して、明るい絵を描くのだ、というような心機一転の象徴だそう。近くで眺めてもとても美しく、いい表情をしています。

 

「甲斐荘楠音の全貌ー絵画、演劇、映画を越境する個性ー」は、東京ステーションギャラリーで8月27日まで。

https://www.facebook.com/mutsumi.amemiya/

 


雨宮睦美

マーケティングプランナー、モデレーター(インタビュアー)。 東京都出身。 1988年青山学院大学文学部卒業後、博報堂に入社しました。 国際業務局(4年間)、マーケティング局(8年間)の勤務を経て2000年に退職。 2001年に有限会社オルテンシアを設立し、前職の流れでマーケティング業務を請け負ってきました。食品、飲料、化粧品、自動車、通信機器等、様々なジャンルの企業のお仕事に携わっています。中でもインタビュー調査を得意とし、企業トップや大学教授、ジャーナリストや編集者等の有識者取材を始め、一般消費者へのグループインタビューやデプスインタビューなどで、これまでに話を聞いた人の数は、のべ数千人を超えます。


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