インタビューの落とし穴



2023.02.21
雨宮睦美


前回のブログで、インタビューは疑似恋愛だと書きました。その時の相手に対して最大限のエネルギーを向けて、「あなたのことが知りたい」と心から願って話を聞いていると、誠意が通じる瞬間があります。もちろん全く空回りで、最後までぎくしゃくしたまま去っていく方もいますが、中には、ずっと前から知り合いだったような温度感で、すごく楽しく会話が弾んだり、この人とは友達になれるなあ、と感じたりすることもあります。この、通じ合えた感覚がクセになるので、疲弊するとわかっているのにやめられないのです。

でも、そうやって調子に乗っていると、時々ひやっとすることが起きます。話を聞きたいがために注いでいる熱心な感情が、「なんだ、俺のことが好きなんだな」と誤解されたり、「この人なら、わかってくれるかもしれない。秘密を打ち明けちゃおう!」と、とんでもないことをカミングアウトされちゃったり。

 

どうかひとつ息子の嫁に

関西の和菓子屋さんにお団子を作っている現場を取材させてもらったら、なぜか店主にえらく気に入られてしまい、「息子の嫁に来てほしい」と何度も懇願されました。若旦那はどう見ても私よりすごく年下だし、笑いながらも目が「おやじ、勝手なこと言ってんじゃねえよ」と憤慨しているようにしか思えなかったので、親子双方のご機嫌を損ねないようにかわしつつ、しかし聞きたいことはしっかり聞かないと来た意味がない。何より私、あんこが苦手なんですよね。良かれと思って、できたてのお団子やらおまんじゅうを下さるので食べないわけにはいかないし、「嫁に、嫁に!」としつこいし、これは結構大変でした。何の取材だったのか思い出せません。

 

一緒に温泉に行こう

もっと厄介だったのは東大から霞が関のエリート一直線天下りおじさん。某業界の内情をうかがいに行ったのですが、インタビュー中も何かと「僕は結構遊び人だったからね」って言いたがる。今日のテーマに関係ないですからそれ。取材を終えて電車に乗っていたら即携帯に電話がかかってきて、何事かと思えば特に用ではなく、しかもそこで通話したためにLINEでもつながってしまい、それから連日のLINE攻撃です。そのプロジェクトが無事に終わるまでは波風立てたくなくて、適当に相手をしていたんだけどなかなか引き下がらない。「今度銀座でお食事しましょう」としつこく誘われて、やむなく出かけていきました。

「君は僕に初めて会った時緊張していたね」って、してねーよ。あの自信は一体どこから湧いてくるんでしょう。東大出たから、官僚だったから、あなたはそんなに偉いのか?60になっても髪がふさふさなのがそんなに自慢なのか?私は業界事情が知りたくて熱心に話を聞いただけであって、あなた個人に1ミリも興味ないんですけど。しかもどさくさに紛れて「温泉に行こう」だと?ふざけるのもいい加減にしろエロ親父!心の声がよく表に出なかったなと思います。いや、出したほうがよかったのかもしれませんが。

さっさとご飯を食べて帰ろうとしていたら二次会で「踊りに行こう」と連れていかれ、もうほんとにこの頃には、この仕事が破談になってもいいから、おっさんを必ずや成敗しなくてはならぬ、という義憤に駆られていたのでした。幸いこの方は下戸で、私に合わせて無理して飲んでいたら眠くなってしまったらしく、「き、君はお酒が強いね」とたじろいでいる間に脱出しました。この仕事が終わったらLINEもブロック。でも一つ間違えばme too案件ですね。

 

私ぃ、二股かけているんですぅ

20代のお嬢さん。婚約が決まって幸せいっぱい、のはずがなぜか浮かない顔をしている。グループインタビューが終わって、皆さん帰り支度をしていたときに突然「私ぃ、二股かけているんですぅ」と激白を始めました。え?婚約者は一回り以上も年上、でも実はもう一人の彼も40代独身。「しかもぉ、ふたりはお互い知り合いなんですぅ」ちょっと、どうするつもりよこの先。「でも結婚を決めているんでしょう?あなたはどっちが好きなの?」つられてつい、聞いてしまう私。会場にいた別の子たちも「やっぱりそれは、自分の気持ちに正直になったほうがいいですよ」とか言い出します。

すると本人が「でもぅ、私どっちも好きなんですぅ。どっちかなんて選べない!」おいおい、何このドラマのヒロイン状態。収拾がつかなくなってきた。裏でクライアントも固唾を飲んで見守っていたはずです。あれから何年たったのかなあ。彼女はどんな結論を選んだのでしょう。

 

僕だって彼女ぐらいいるよ!

こちらは20代、ひきこもり男子。なんでそんな企画があったのか謎ですが、「ニートの話を聞く」というテーマで、大学生や元ホスト、オタクの皆さんを集めて、あれこれ日常の様子などを聞いていました。ひとり、ボランティアに熱中している「ニートだけどリア充」な人がいて、こいつがもう、しゃべりだしたら止まらない。聞いたことは3倍返してくるし、聞いてないことも勝手に答えてくるタイプでした。二言目には「僕の彼女は」「そしたら彼女が」と彼女自慢が止まらなくなって、場は白けるし、私もつまらないし、軌道修正しようと躍起になっていたら突然、それまで黙っていたオタク君が叫んだのです。「僕だって彼女ぐらいいるよ!」

一言で場がシーンと静まり返り、その静寂の中で彼が私に質問しました。「彼女って、生きている人間の女性とは、限りませんよね?」え?ちょっと待って、ほかに何があるっていうの。生きていない、人間でない、女性でない彼女???さすがの私もプチパニックになって、思わず「え?人形ですか?」と口走ってしまいました。

すると彼は悲痛な表情で「人形じゃないよっ!」…頭の中はクエスチョンマークでいっぱいでしたが、私はインタビューの進行という任務を果たすため、何事もなかったかのように「はい、では次のパートに行きましょう」と言っちゃったんですよね。

本当はもう少しオタク君に寄り添って話を聞いてあげるべきだったのかもしれない。人形って言ったのも申し訳なかった。あれは多分「フィギュア」が正解だったんだろうな。でも、でも、もしかして、「死んじゃったペットのハムスターの雄」だった可能性もあるし。。。彼の隣に今、生きている人間の彼女がいたらいいなあと思います。

https://www.facebook.com/mutsumi.amemiya


雨宮睦美

マーケティングプランナー、モデレーター(インタビュアー)。 東京都出身。 1988年青山学院大学文学部卒業後、博報堂に入社しました。 国際業務局(4年間)、マーケティング局(8年間)の勤務を経て2000年に退職。 2001年に有限会社オルテンシアを設立し、前職の流れでマーケティング業務を請け負ってきました。食品、飲料、化粧品、自動車、通信機器等、様々なジャンルの企業のお仕事に携わっています。中でもインタビュー調査を得意とし、企業トップや大学教授、ジャーナリストや編集者等の有識者取材を始め、一般消費者へのグループインタビューやデプスインタビューなどで、これまでに話を聞いた人の数は、のべ数千人を超えます。


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