誰かになりたい
雨宮睦美
他人の人生を経験するなら演劇?
物心ついたときから私は、別な誰かになってみたい、と思うようになりました。自分の環境に不満があったわけではなくて、ただ他人の人生をなぞってみたかった。世界少女文学全集なんか読んで没入して、すっかり登場人物になりきってしまう感覚の、度が過ぎたパターン。誰に頼まれもしないのに、もし私が小公女だったらどうしようとか、クララはほんとのところハイジが疎ましかったんじゃないかとか、アリスが落ちた穴はどうなっていたんだろうとか、想像し始めると妄想が止まらなくなって、自分で自分を持て余していました。
そしてこの「誰かになりたい」願望を叶えるには、俳優になるのがいいのかなと考えて、演劇、お芝居にひそかに憧れを抱くようになります。華やかな芸能界に憧れる子たちは周りにもたくさんいたけれど、ちょっとそれとは違った。でも自分がやりたいことを、親にも友達にもうまく伝えられませんでした。
もしも演劇の盛んな学校に進んだりしたら、新たな展開が待っていたのかもしれませんが、覗きに行った演劇部では、冴えない(ごめん!)女の子たちが難解なチェホフの戯曲か何かを練習していて、大仰なセリフ回し、芝居がかった芝居。違う、これじゃない、と思ったので俳優志望の気持ちは封印することにしたのです。
ちょっとだけ誰かを演じてみる
そんなことすっかり忘れて大人になって、マーケティングの仕事をしていたら、あれ?この感じ、私がやりたかったことに似ている、と気づきました。ある時は女子高生ある時はベテランの主婦、時にはくたびれたサラリーマンのおじさん。いろんな人になりきって、彼らの生活を想像するのです。こんな街のこんな家に住んでいて、家族構成はこうで、家電にこういうこだわりがあって、とか、服装の趣味はこんな感じ、新しいものに目がなくて、とか。
最近マーケティング界隈ではこういうのを「ペルソナ作成」と呼んで、ターゲット設定の基礎ステップとして取り入れているようですが、どうせなら机上で創作するだけじゃなくて、自分がそのペルソナになりきってみると、臨場感が高まってより効果的だと思います。
これはマーケティング業務以外にも応用できることで、誰かの気持ちがわからない、なんていうときに、その人の好きなものとか行動パターンを真似てみると、何か手掛かりがつかめるかもしれません。
マーケッターは商品やサービスを送り出す職業ですが、どちらかというと私はそれを受け取る側への興味が強すぎるタイプだったのだと思います。いろんな人の生活を疑似体験することで、誰かになりたい願望もかなり充足されました。後年インタビューの業務ばかり頼まれるようになったのも、自然な流れだったのでしょう。
今度は言葉の通じない幼児とか、高齢者になりきるのも試してみたい
。